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前田 利家
まえだ としいえ
前田利家と秀吉、二人がお灸をした日
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前田利家と秀吉、二人がお灸をした日

前田利家とは

前田利家(まえだ としいえ/1538~1599)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将です。若い頃は織田信長に仕え、槍を得意として数々の戦で武功を挙げました。その勇ましい戦いぶりから、「槍の又左(やりのまたざ)」の異名で親しまれています。

『桶狭間前田犬千代軍功』(部分)
東京都立中央図書館 所蔵

姉川古戦場

せんねん灸本社のある長浜市にゆかりの深い「姉川の戦い」では、浅井長政方の武将・浅井助七郎(あざいすけしちろう)を討ち取る功績を挙げ、

「本能寺の変」の後は豊臣秀吉に従い、加賀・能登を中心に百万石に迫る大領国を築きました。現在の石川県金沢市を中心に栄えた加賀藩の礎を築いた人物としても知られています。

秀吉から厚い信頼を寄せられ、晩年には五大老の一人として政務を担いました。武勇だけでなく人望にも優れた利家は、豊臣政権を支える重要な存在として活躍し、今もなお「加賀百万石 前田家の祖」として語り継がれています。

金沢城

実は前田利家は、豊臣秀吉とともにお灸をすえていたことが記録に残されています。戦国武将たちにとって、お灸は身近な養生法だったのです。

『国祖遺言(こくそゆいごん)』とは 

『国祖遺言(こくそゆいごん)』は、加賀藩・前田家に伝わる史料のひとつで、前田利家を中心とした逸話や教訓、前田家の歴史などをまとめた記録です。利家やその時代の出来事が数多く記されており、戦国から桃山時代の世相や武将たちの日常を知る手がかりとなる貴重な資料とされています。

その中には、前田利家が算勘(さんかん)が上手で、具足櫃にそろばんを入れていたという逸話も伝えられています。

九月。豊臣秀吉、前田利家の伏見邸に臨み(のぞみ)、主徒共に(しゅとともに)灸を點ず(てんず)。

『国祖遺言』には、「九月。豊臣秀吉、前田利家の伏見邸に臨み、主徒共に灸を點ず」と記されています。これは、九月に豊臣秀吉が京都・伏見にあった前田利家の屋敷を訪れ、利家や家臣たちとともにお灸をしたことを伝える記録です。

『国祖遺言』

戦国時代、お灸は武将たちの間でも健康維持や養生の方法として広く親しまれていました。戦や長旅が多く、常に心身の健康管理が求められた武将たちにとって、お灸は身近な存在だったのでしょう。

前田利家肖像画:荒子観音寺所蔵

天下統一を成し遂げた秀吉も例外ではありませんでした。この記録からは、秀吉が前田利家とともにお灸に親しみ、日々の健康管理に役立てていた様子がうかがえます。お灸が特別な治療ではなく、戦国武将たちの日常に根づいた養生法であったことを伝える興味深いエピソードです。

戦国武将たちに親しまれた養生法お灸。前田利家や豊臣秀吉も、お灸を日々の健康管理に役立てていたことが記録からうかがえます。

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